その夜の侍

監督

閉じる

プロダクションノート1 プロダクションノート2 プロダクションノート3
始まり

赤堀監督に俳優として前作の映画に出演してもらった縁で、作・演出のTHE SHAMPOO HATの公演を観に行き、その独特な世界観、奥深さに魅了されたのが全ての始まりだった。参考に読んだ過去の戯曲作品の中に「その夜の侍」があり、不器用な登場人物たちが抱える孤独感と閉塞感、そして図らずも噴き出していくそれぞれの感情に、思わず涙が出てしまった。復讐の話なのに復讐をしない、というのも素晴らしい。これを映画化すると決め、映画用に脚本を書き直してもらうことにしたのだが、実はその時点では監督は未定。だが、会って話をするうちに、この作品と赤堀雅秋は一体化しており、この世界観を誰か別の監督に移し込むのは困難だと思うようになる。多くの舞台演出をこなし、演出力には定評があるとはいえ、映像に関しては殆ど経験もなく、非常にチャレンジングではあったのだが、この作品は赤堀自身が撮った方が良いものになると判断し、監督を依頼。迷惑が掛かるのではないかと気にしていた本人も、この作品に対しての思い入れは強く、挑戦を決意。

キャスティング

主演俳優は、この少々地味な物語を、誰だったら観たいと思ってもらえるか、この難しい役をやれるのは誰か、と考え、プロデューサーと監督の意見が一致した堺雅人にオファー。堺は、赤堀の劇団公演を観に来たことがあり、その時一緒に酒を飲む機会もあったという。映画にテレビに引っ張りだこの堺だが、この話を快く引き受けてくれた。次に、対する木島。中村同様、非常に複雑な感情表現が要求される。堺とのバランスからも、逆にこれを演じられるのは誰かと考えるうち、山田孝之しかいないという話になる。山田は、堺との初共演と、今まで演じたことがない役どころに面白さを感じたという。その二人を唯一つなぐ青木役は、その存在感から赤堀ワールドを体現できる新井浩文に依頼。赤堀とは旧知の仲ということで快諾される。キャスティングは、バランスが非常に重要である。ここまでくると、生半可な役者ではそれぞれの役は務まらないという状況になり、妥協せずに進めていった結果、豪華な布陣となっていく。監督の演劇人脈も手伝い、皆、この脚本と役どころを面白がってくれ、初監督という不安要素にもかかわらず、心意気で引き受けてくれた。ただ、引っ張りだこの役者が揃ったために、撮影スケジュールに頭を悩ますことになってしまった…。

スタッフィング

監督の映像制作経験が少ないのを、どのようにカヴァーして監督が撮りたい映画を作るかというのが、最初から一番の課題だったが、集まったスタッフたちは、監督の演出プランを丁寧に聞き、効果的にみせるためのアイディアを積極的に出してくれた。初めての監督で、本人も大変だがスタッフたちのストレスも多いだろうと心配していたのだが、監督の「描きたいもの」が明快かつブレがないので、こちらが想像するよりも苦労は少なかったようだ。さすがに多くの演出舞台をこなしていることもあり、現状把握が早く、諸々の事情でやれないと分かった時なども切り替えが早い監督。どうしても譲れない時は粘る。それゆえ、そこまで粘るほどの話なら叶えたほうがいい作品になるとスタッフも工夫するようになる。撮影場所も、予算や撮影条件などで、監督が当初思い描いたイメージから変えざるえないことが多かった。一番難航したのが、クライマックスの中村と木島の対峙の場所。当初監督の頭の中にあったのは河原だったが、都内近郊には夜通し撮影ができるような河原はなく、地方ロケをやるだけの予算もない。河原はあきらめても、絶対地面が土であってほしい、と監督は主張。なかなか監督のイメージにぴたりとはまらず、結局、クランクイン直前になってようやく決定した。
スタッフの心意気の延長線上で、フィルムでの撮影という話が出る。正直、技術的な難しいことは赤堀監督には分からない。が、監督の目指す絵というのが、どうもクリアなデジタルの映像ではない。初監督でもあるし、予算的にも技術的にも厳しいと異議を唱える者は当然多かったが、ラインプロデューサーの血も騒ぎ始め、「絶対にフィルムでやろう」と宣言。本当はみんなフィルムでやりたかったのか、と思うほど、テンションが上がっていき、寡黙でそれまで固かったカメラマンの表情が、心なしか緩むことが多くなってきたのもそれからである。

クランクイン直前

出演作が目白押しの売れっ子俳優の堺、この映画の準備に入れたのもクランクインのかなり直前。だが、最初に行われた監督との打ち合わせから濃密なものとなった。人間の本質的なところを掘り下げているこの作品だが、受けとめる者によって捉え方も一様ではない。赤堀監督は熱を込めて、自分がこの作品に込めているものを堺に語った。帰り際の堺の「もっと脚本を読み込みます。現時点ではまだ自信がありません」という言葉が印象に残っている。数日後、鉄工所を営んでいる設定の堺と、従業員の高橋努らが、実際の撮影現場にもなる鉄工所で、作業の訓練を受ける。堺は、その前日には、この映画の主な舞台となる埼玉県の川越周辺を一人で歩いてみたといい、役の振れ幅がすごいと言われる堺の、役へのアプローチの一端を垣間見た気がする。
一方の山田孝之。作品に入る前に、監督と酒の席を設けることにしているという。本音も出やすい場で、監督の考えていること、やり方などを聞いた上で役作りに入るようだ。
監督と山田は、以前軽く共演しているとはいえ、ほぼ初対面に近い。二人ともシャイなところがあるのだが、予想外に話が弾み、山田が演じる木島への期待が高まってくる。
他のキャストとの顔合わせは、衣装合わせと打ち合わせを兼ねて行われた。綾野剛の時など、綾野が部屋を出て行った途端、監督がガッツポーズ。小林のイメージに予想以上にぴったりだったらしい。監督と飲んだこともある新井浩文は、撮影を楽しみにしており、「ウチ、やれば出来る子なんで、現場でどんどん言ってください」と監督に頼んでいた。どのキャストも負けず劣らずの実力派揃い。監督から裏設定など聞かされ、衣装やヘアメイクのアイディアを出しながら役を作る作業は、皆、心から楽しそうであった。

撮影

いよいよクランクイン。この映画は、中村と木島という二人の人物と、その二人を取り巻く周囲の人々という構造なのだが、実は中村と木島とのシーン自体はあまり多くない。数少ない、二人が登場する冒頭シーンからクランクイン。初日から、堺と山田の中にしっかりと中村と木島が立ち上がっており、監督をほっとさせる。またフィルムでの撮影ということもあり、良い意味での緊張感が現場に漂っていた。
それぞれの役者の能力を引き出していく監督の演出は、傍から見ていて非常に興味深かった。役者が自分の頭の中で考えている演技の限界を外すというか、言葉は優しいが、なかなかOKを出さないことがある。知らず知らずに追い詰められて思わずやった演技にOKが出たりし、どんな演技でOKが出たのかわからない状態は、どの役者にもあったのではないだろうか。中村と木島の壮絶な対峙シーンを始め、スタッフ一同、息を詰める現場も多かった。スケジュールは3週間弱と非常にタイト、特に途中からナイトシフトとなり、監督以下スタッフの疲労も蓄積されていくのだが、スタッフ、キャスト、みんなが同じ方向を向いて高みを目指す、素晴らしい現場であった。

仕上げ

仕上げの作業こそ演劇にはないもので、監督にとっては、思った以上に神経を使う作業だったようだ。試行錯誤しながら編集した結果、説明過多と思われるところや、観客の想像力を阻害するものを排除し、監督の独特な世界観を表現するものになってきた。
音楽は窪田ミナに依頼。窪田の作品の理解度は深く、彼女が紡ぎ出す音楽で、その世界観は更に色濃いものに。そして主題歌。早い段階から、監督は「星影の小径」と決めていた。今まで多くの歌手がカヴァーしている60年以上前にヒットした名曲である。この映画を包み込み、五臓六腑に染み渡る歌声は…と、監督からUAの名。気後れしながらも依頼に行くと、本人が脚本を読んだ上で、引き受けてくれることに。その後、つながった映像を観て、曲調を明るいものにしたいとUAから提案される。そしてあがってきた歌声に鳥肌。中村が再生に向かっていく兆しを見せてのエンディングに、UAの歌声がぴたりとはまり、監督が意図する鑑賞後感を呼ぶ作品となった。